犬と猫…ときどき、君
だから私は、バカの一つ覚えみたいに「ごめん」と謝って、最近すっかり得意になってしまった誤魔化し笑いを浮かべると、春希の横をすり抜けて走り出した。
走っても走っても、その甘い香りが纏わりついて、消えない。
「バカみたい……っ」
息を切らせて立ち止まったその場所で、小さくそう呟いた。
春希が一番好きなのは、松元さん。
女の子らしくて、柔らかくて、いつも甘い香りがしている彼女。
私は彼女みたいになんて、なれっこないのに、一瞬でもあんな優越感を抱いた自分が、バカみたい。
「――……っ」
こんな時でも、私を見つめる春希の真っ黒の瞳はすごく綺麗なのに、そこに映った私の心はこんなに醜い。
「ホント、最低だよ」
どうしたらいいんだろう。
どうしたら忘れられるんだろう。
どうしたら、どうしたら――……。
「はぁ……っ」
胸に手を当てて、散々走って上がった息を、何とか整える。
ドクドクと手の平に響く鼓動は、きっと走ったせいだけじゃないんだけど。
さっき見たことも抱いてしまった想いも、全部忘れたくて、携帯を握りしめたままの手を胸の辺りにギュッと押し付けた。
大丈夫。
もう忘れるって決めたんだから。
ちょっとずつでいいから、だから大丈夫。
心の中で何度もそう呟いて、心を落ち着けて、閉じていた瞳をゆっくりと開いた時、手の中の携帯が小さく振動し始めたんだ。
キラキラと色んな色に光る携帯を少しの間ながめた後、二つ折りのそれをゆっくり開く。
「……」
早く出ないと。
そう思うのに、上手く指が動かない。
【着信中 今野先生】
そう表示された携帯が、もう何度か振動したあと静かになって、光を失った液晶画面が真っ暗になる。
私、何してるんだろう……。
口元を手で覆って何度か深呼吸をくり返して、やっと震えの止まった指先で、着歴から今野先生の名前を呼び出し、通話ボタンを押した。
耳元で鳴りだした呼び出し音が、二回目でプツリと途切れて、
「もしもし? ごめん、忙しかった?」
私を気遣うその言葉に、また泣きそうになった。
「ううん、大丈夫! 今ちょうど帰り道」
「……」
「えっと……今野先生?」
精一杯元気な声で返事をしたのに、急に無言になった今野先生に不安を覚える。
「……泣いてたの?」
「どうして?」
「いや、鼻声だから」
「あー、そっか! まだ歩いてる途中で、すごい寒くて。鼻ズビズビする」
「そっか。ビックリした」