犬と猫…ときどき、君
「あれー? おかしいなぁ……」
「どした?」
診察が終わって、いつも通り二人っきりの医局。
白衣を脱いで着替えをしようとしている春希に背を向けて、本棚で本を探していた私は後ろを振り返った。
気まずさはもちろん消えないけれど、少しずつ今野先生に気持ちが向いているせいか、最近は少し気持ちが楽な気がする。
「ここにあった、耳鼻科のテキスト知らない?」
小首を傾げる春希から視線を戻し、本棚に指を差す。
少し前までその辺りにあったはずのテキストが、どうしても見当たらなのだ。
「あ、俺んち。こないだ持って帰ってそのままだ」
えぇー……。
まぁ、勉強熱心なのはいいんだけど、春希ってこういうところが意外と適当というか。
「明日のサトちゃんのオペの予習したかったんだけど、どうしよっかなー……」
オペはどちらかというと得意な方だけど、耳鼻科は苦手で……。
だから、もう一回勉強しておこうと思ったのに。
「じゃー、今から一回帰って持ってくるよ」
半ば諦めて帰ろうと思っていた私に、春希はそんな提案をしてくる。
「え!? いいよ! だって、行って帰ってしてたら城戸が大変じゃん」
私の家なら近いけど、春希の家はここから車で二十分以上かかるのに。
「だって、あった方がいいんだろ?」
「そうだけど……今日、このあと用事あるし」
別に後ろめたいことがあるワケじゃないんだけど、つい視線を落としそうになる。
今日はこの後、今野先生と会う約束をしていて、あまり時間がない。
それをそのまま言えばいいのに、やっぱりまだ、春希の前で今野先生の話をうまく出来ないでいる。
――だけど春希は、少し違う。
「あー、今野?」
「……うん」
「そっか」
春希はこうやって、今野先生の名前を普通に口にする。
最初はそれに痛んでいた胸も、今はほとんど反応をしなくなった。
私がこんなことを考えているなんてきっと思ってもいない春希は、上を向いて考え込み、「あ、分かった」と何かを閃いたように、視線を私に向ける。