≡ヴァニティケース≡
「お茶が入りました。でもね、先生の和菓子に負けない位、このお茶も美味しいんですよ」
「お、調子が出てきたな? じゃあ美味しさ比べだ」
今は敢えて過去の話に触れるのは止そう。そう美鈴は思い、他愛の無い話で石田の気持ちに答える事にした。
「先生、美味しい!」
「美鈴くんのこれもなかなかだ」
人生なんて、どこで何を悩むか解らない。悩んだ結果、その後の状況が好転するか暗転するか、それもまた定かではない。ならば関係が不確かな事象に悩むこと自体が愚かしい行為なのではないだろうか。
ふと壁を見れば、時計も口をへの字に歪めて美鈴をたしなめている。
「ああ、もうこんな時間か。うら若き乙女の部屋にオジサンが居ていい頃合いじゃないな」
美鈴の視線につられて時計を見た石田も、すっかり長居をしていた事に気が付いた。
「引き止めちゃってすみません。今日は有り難うございます。ごちそうさまでした」
そう言って石田を見送った美鈴の表情は、ここ何日かでは最高の笑顔だっただろう。