≡ヴァニティケース≡
「新人! 露中製薬の佐竹はんへの資料請求は済んだんやろな」
その日も蒔田は怒声を響かせていた。いつもと変わらぬ風景と言ってしまえばそれまでだが。部下を叱る、悪態をつく、それら業務に直接関係がない事にだけ根気のある上司は、日本中に居るものだ。彼にしても、毎日何かしら叱責する種を見つけては美鈴を怒鳴るのが日課になっていた。
しかし、美鈴の表情は昨日までと違っていた。貧相で、それでいて冷たい蒔田の視線を今日は明るく受け流せる。
勿論それには理由があった。
「はい。それと一緒に筋弛緩剤の後発(後発医薬品=ジェネリック医薬品)が承認されたようなので、併せてお願いしておきました」
「お、……おお、ほいであの……」
「医局からの通達事項は回しておきましたし、古いカルテの振り分けも後少しで終わります」