≡ヴァニティケース≡

 だが、いったん頭が切り替わると不思議なもので、これまでは作業の度に立ち止まり、考えあぐねていたのが嘘のように、淡々と物事を進められるようになった。心境の変化がもたらす影響力は、ことのほか大きいものだ。


「お腹空いたな〜」


 ふと時計に目をやって、美鈴は再び頬に微笑を載せた。見ればまだ10時を過ぎたばかりである。昨日まではネガティブな感情に押し潰されながら、一向に進まない時の流れを怨めしく思っていた筈だ。それなのに今は爽快感だけが心を満たしている。残ったカルテを振り分けてしまったところで、はたと美鈴の手が止まった。


「もう何もする事が無いわ。パートさんの事務作業を奪う訳にもいかないし……」


 それでもと始めた事務室内の整頓も、結果的にさしたる時間稼ぎにはならない。粗方の仕事を終えた美鈴は、昼食の時間まで資格の勉強に勤しむ事にした。



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