≡ヴァニティケース≡

「あかん。あの女、なんしかコツを掴みよった」


 美鈴の態度がよほど癪に障ったのだろう。怒りの捌け口を失った蒔田は、仕方なくトイレに閉じ籠っていた。本来は快適であるはずの空間も、淀みなく滑らかな便器の曲線も、しかし彼の苛立ちを和らげてはくれない。洗浄便座の水量を強にしながら悪態をつくしかなかった。


「早よぉ、こっから追い出さなアカンのに、難儀なことやわ」


 弱、中、強と書かれた水量と同様に、蒔田の感情の起伏には目盛りが少ないように思われる。いや、目盛りはおろか、彼にはオンとオフしかないのかも知れない。終始それでは本人も疲れてしまうのではないだろうか。


 一体そこで何分ほど過ごしていたのか。蒔田は乱暴な動作で始末をすると、すっかり長居していた個室を出た。苛立ちをぶつけられたトイレットペーパーが荒々しいドアの音に身を震わせている。


 だが、勢いをつけてドアを開けた蒔田は、


「ああっと、石田はん……石田せんせ」


 偶然通りかかった石田と衝突しそうになる。



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