≡ヴァニティケース≡

 美鈴は視線の主に覚られないよう、出来るだけ自然な仕草で周囲を見回した。よく確認は出来なかったが、斜め後ろに居る、キャップを目深にかぶった男が怪しい。


「やだ、折角いい気分だったのに……」


 暫くして、もう一度恐る恐る振り返ってみたが、既に男の席に人影はなかった。慌てて飲み込んだおからのジェラートが不味く感じたのは、よもや店の所為ではないだろう。


「なんだかケチが付いちゃったな」


 そう強がってはみても、突然の気配が心に落とした影は決して小さくなかった。暫くは足早に歩きつつ、背中で追跡者を窺ってもみた。しかし、そんな言いようのない不安とは裏腹に、忽然と姿を消した男の姿を認める事は出来なかった。美鈴が午後の仕事に集中力を欠いたのは言うまでもない。



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