≡ヴァニティケース≡

 しかし、嫌がらせ、付き纏い、そして襲撃と、手段が極めて幼稚だったのはつまり、彼の目的が美鈴殺害ではないからではないか。襲撃が失敗に終わったか否かも、美鈴が出勤しなくなりさえすればそれで、彼に取っては成果なのだ。


ここまで推測が働いているのであれば、わざと遅れて出勤するのも動揺を誘う手かも知れない。


 そう考えた美鈴はふと駅の前で立ち止まり、電車を一本見送った。そして見上げた空からは雲が消えていて、底のない水色が拡がっていた。


「おはようございます」


「ああ、おはようさん」


「おはようさんどす」


 勤務開始時間丁度で事務室に入った美鈴は、さりげなく奥の席に目を遣った。蒔田は何事もなかったように新聞とにらめっこをしている。



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