≡ヴァニティケース≡
「そいつは悪かったな。でもよ、んじゃつまり、彼女は俺のことが気になって仕方なかったってことだよな」
「ちょっ、気安く触らないでよ!」
口ではそう言ったものの、肩に回された腕を、しかし美鈴は跳ね除けることが出来ない。
忘れかけていた男の体温が、触れられた場所を通して身体中に伝播する。彼の匂い、彼の囁き、彼から発せられる熱が美鈴の魂の一番感じやすい部分に響いて、たちまち抗う力を奪ってしまう。気付けば子宮の中心に電気が走り、立っているのがやっとという状態になっていた。
「そ、そんなんじゃ……」
「お詫びにビリヤード教えてやるから、な?」
恋は悪辣な魔法だ。そして男は狡猾な悪魔だ。だがそれに逆らえるほど、女の感情は複雑には出来ていない。
もし彼が悪魔でないとしたら、神の悪戯としか思えない。今になって冷静に考えてみても、美鈴自身何故そうなったのかが解らない、そんな不思議な邂逅だった。