≡ヴァニティケース≡

 しかし、現実にはどうだろう。野生動物のように他人に媚びずに生きている者が、果たしてこの国に何人いるだろう。どこかしらで飼い慣らされずに済んでいる者が、本当に居るのだろうか。土埃と苦汁のサンドイッチを噛まずに暮らしている者は、実は繋ぐ側にある者だけではないのか。


 殆んどの人間は、その飼い主に餌を渋らせないだけの芸を見せなければならない。そして何時刑吏に鞭を振るわれるのかと、その瞬間をビクビクと恐れていなければならない。多くの人間をペットにしてしまうその鎖は、職場では会社員という名の、家に帰れば父なり母なり妻なり夫と言う名の拘束だ。大概の者はそれによって固く縛られている。その呪縛からの解放が即ち死の瞬間でしかないのなら、人も犬も大した変わりはない。



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