≡ヴァニティケース≡
意識してゆっくりと歩き出した。あのパーカー男の視界から消えてはいけない。自分の姿が彼に見えていれば大丈夫。余り離れないようにと、そうしたつもりだった。しかし 人影が疎らになった駅前通りに差し掛かり、駅舎の明かりにホッと胸を撫で下ろした時。こんな場所で襲われるわけはないと、そんな油断も有ったのだろう。美鈴は背後から迫ってきた黒い大型のワンボックスカーに気付けなかった。
「マズイっ! 逃げろ!」
パーカーを羽織った塚田が慌てて叫んだが、黒いワンボックスカーは美鈴を追い越しざま、いきなりスライドドアを開けた。
見透かせない車内の闇、中から伸びてくる何本もの手。男達の荒い息遣い。美鈴は悲鳴を上げる間もなく、その暗闇に飲み込まれていった。
「畜生、待ちやがれ!」
塚田が言うが早いか、あの小さい男が車の前に踊り出た。
「いいぞ岡村! 車を止めろ!」