≡ヴァニティケース≡

────嫌だ。嫌だ。死にたくない────


 車が段差で跳ねるたび、手首に鋭い痛みが走る。涙が目と鼻の両方から溢れ、余計に呼吸が苦しくなる。車のシートから伝わってくるじめじめとした湿気が、喘ぐ美鈴の気道をさらに狭くした。


「んんーっ!」


「痛て! このクソアマ!」


 どうにもならないことは解っていても、美鈴は足だけでじたばたと暴れてみた。


「また始まりやがった! おい、大人しくさせろ!」


「あ、はい」


 スポーツ刈りの男に命じられた長髪男が、美鈴の首筋に大きな電気剃刀のような物を当てがった。


 バチバチバチッ。


────ッ! スタンガン!────


 暗闇を移動しているワンボックスの車内が一瞬明るくなると、美鈴の身体に強い痛みを伴った衝撃が走った。しかし、すぐに痛いのか痛くないのかも分からなくなる。痙攣する筋肉、硬直する背骨。視界が狭まり、焦点が狂い、視線が捩れる。最後に見えたのは車の窓ではためいている品のないレースのカーテンだった。



< 204 / 335 >

この作品をシェア

pagetop