≡ヴァニティケース≡

 離れて行った男の影に縋っても、余計惨めになるだけだ。それに美鈴には有り余るスキルと美貌が有った。馬鹿みたいに入れあげた挙げ句捨てられ、それでも未練があるようでは自分に申し訳が立たない。男に、セックスに依存していた数ヶ月からの脱却を求めるのが賢い女の取るべき手段だ。


「また前のように働いて、早く元の私に戻ろう」


 しかし、暫く振りに訪れた会社には、当然のことながら彼女の椅子は無かった。


「契約社員としてなら雇ってやってもいいぞ?」


 以前は美鈴よりも下位の成績だった男が、上席にふんぞり返ったままそう言った。元々いけすかない男ではあったが、この時ばかりは頭を下げるしかない。


「はい。有り難うございます」


 自分が本気を出せば簡単に成果を上げられるのだから、今はせいぜい威張らせておこう。真っ当な社会人に戻る為には、真っ当な手段を踏むのが当然の作法だ。美鈴はにこやかに頭を下げた。


 しかし、暫く会社に来ないうちに、どうやらセールスのシステムが様変わりしていたらしい。アポとデモの分離が、やり直そうとする美鈴の足を引っ張った。


 幾度となくデモンストレーションに赴いても、所詮は自分の取ったアポイントメントではないので、なかなか相手の懐に飛び込めないのだ。


 自分の戦い方が出来なくなった美鈴に、会社の視線はますます冷たくなっていった。



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