≡ヴァニティケース≡
だが美鈴は、同時に謝罪するしかないことも解ってはいた。
「す、すみません……」
───私だってもどかしいわよ。アポさえ自分で取れれば、その時点で70%迄話を詰められるのにっ───
その心の叫びはしかし、既に負け犬の遠吠えだった。現状を理解すればする程苦しくなるならいっそ、何も理解出来ない方が幸せだ。生まれながらに蟻ならば、働き蟻の立場に不満など有る筈もない。一度経験した栄華を心から消し去れないから、人はいつも苦しみ悶える。けれど一生働き蟻で居られる程、美鈴の身体を流れる血はぬるくなかった。
無理矢理にでも自分を奮い立たせひと月、いやそれ以上の期間を遮二無二働いただろうか。しかし、結局はデモに赴く交通費さえ捻出出来なくなり、過去に【理系三教科の申し子】と呼ばれ、持て囃されていた美鈴は、会社を辞めざるを得なくなった。
「でも、まだこれが有ったから助かったわ」
隆二には内緒にしていた定期預金を解約して、当面の生活費を工面した美鈴は、心の解放と引き換えに先の見えない就職浪人生活へと身をやつしていった。