≡ヴァニティケース≡
そして月日は流れていく。月読様のご加護も有ったのだろう、その後の経過は極めて順調だった。悪阻もすぐに治まり、心配されていた難産にもならず、鈴奈は遂に夢にまで見た我が子を胸に抱く事が出来た。
分娩室に赤子の泣き声が響いた時には、付き添いの者達から歓声が上がった程だ。
「ほんに良ろしおしたなぁ。出産が長引いてしもたら、鈴奈はんの体が持つかどうか、それだけがえろぉ心配でしたわ」
よほど安心していたのか、主治医も汗を拭きながらにこやかに語り掛ける。彼の見守るような眼差しが、優しく親子を包み込んだ。
「ほんにおおきに」
鈴奈は腕の中でモソモソと動いている生まれたての小さな命が堪らなくいとおしく思えた。
見れば我が子はすうすうと軽い寝息を立てて微睡んでいる。今は優しく抱き締める以上の愛情表現が見つからない。
「奥様、おめでとさんでございました」
「嬉しおす。ほんにおおきに」
未熟児気味に生まれた子だったが、幸い食欲は旺盛で乳を良く飲んだ。ひと月、ふた月と過ぎるに連れ母乳だけでは足りなくなり、やがて粉ミルクさえも欲しがるようになる。
その姿に鈴奈がどれほど安心させられた事だろうか。今も昔も、母が子を思う心情の強さは筆舌に尽くし難い。
周囲の心配をよそに、三ヶ月もすると丸々太った玉のような赤ちゃんになっていた。