≡ヴァニティケース≡
「そんなことは言ってないさ、あの頃が食べなさ過ぎだったんだよ。好き嫌いも多かったし」
鈴奈は子供を身ごもった頃から、とりわけ栄養を気遣うようになっていた。滋養に良いものを少しでも多く摂って、出産……だけでなく、母親の役目をきちんと全うする為だ。それが幸を奏して、結果的に鈴奈自身の健康状態も少しずつ改善したらしい。最近はめっきり床に伏せる事もなくなっていた。
「そうだ。明日の同窓会なんだが、折角だから行って来た方がいいんじゃないか?」
高校時代の恩師が定年を迎えたのを機に、特に思い出深かった教え子達に会いたいと連絡をしてきた。それがきっかけで同級の仲間が企画した同窓会が催される事になった。
「でも、ミレイちゃんはどないしますの?」
今は旧友との交流より母親としての責任が優っている。当然、鈴奈は欠席の返事を出していた。
「心配ないさ。ちゃんと腕の確かな乳母を手配する。たまには羽を伸ばしてくるといい」
だが美治は、元々身体の弱かった鈴奈を、ひと時でも育児のストレスから解放してやりたかった。そもそも真面目な鈴奈が、育児を重圧に感じている事に気付いていたからだ。正直、時には気晴らしをして欲しかった。だから同窓会への出席を促したのだ。
奇しくもその日が、二人の今生の別れになるとも知らずに……。