≡ヴァニティケース≡
やがて気分も良くなり、
「うちがおらん間、宜しゅうおたのもうしますえ」
「へえ奥様、おはようおかえりやす(行ってらっしゃいませ)」
使用人達の見送りを背に、大柄なドイツ車の後部座席に乗り込んだ。
「急セかんでもええさかい、安全運転で行ったってな」
「へえ、奥様」
まるで滑るように、黒塗りの車は朝の街を走る。京都は早起きの町だ。美容院へと向かう途中、すぐき菜売りの女性が手押し車を押す光景が見えた。
流れる景色の中では古刹も挙って寺門を開けて、僧たちが並んで庭を掃いている。ここに住まう人々の営みも、京の景色の一部なのだ。
「今日は如何しはります?」
「高校の同窓会やし、少し若めにこしらえたって下さいな」
努めて明るくそう返したが、朝の出来事が有ってから、鈴奈の胸は妙に粟立っていた。
「ほな、腕の見せ処どすな」
そう言う美容師の声も、彼女にはどこかくぐもって聞こえていて、まるで遠くから発せられているかのようだ。
「毎度おおきに」
髪のセットを終え美容室を出た時には、自分の胸騒ぎにどうしても抗うことが出来なくなっていた。
「すんまへんなぁ、手間掛けさせてもうて」
同窓会の会場へ行く前に一旦自宅に寄るようにと運転手に告げる。
「いいえ奥様、これくらい何でもおまへん」
鈴奈は後部座席に身を沈め、つい先程美容師に覚えた違和感が運転手からは感じられなかった事にホッと胸を撫で下ろしていた。