≡ヴァニティケース≡

「業者はんがお越しになったんと違いますの?」


 鈴奈はそう答えた。それは自らに言い聞かせようとしていたに違いない。さっき覚えた胸騒ぎなど、只の気の所為であって欲しかったからだ。


「いえ奥様。業者は通用門からしか出入りでけしまへん。わてが見てきますよってに、奥様はこちらにおいやっしゃったって(いらして)下さい」


 運転手は腰を低く構え、おどおどと辺りを窺いながら門扉をくぐって行った。


 彼を待ちながら、鈴奈の肩がピクンと震えたのは何故だろう。家を出た時点ではなんの予兆もなかったはずだ。何度も屋敷を覗きながら、ピリピリと痺れる指先を所在なさげにもてあますしかない。



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