≡ヴァニティケース≡
「ミレイちゃん! ミレイ、美治はんっ!」
「奥様、あきまへん!」
慟哭しながら着物の裾にまとわり付く運転手を、しかし悲しいかな、女の力では振り払うことが出来ない。鈴奈はとうとうへたり込んでしまった。
「落ち着いたってください。押し込みでおす。わてが警察に電話しますさかいに、奥様はこちらにおいやしとくんなはれ」
─────押し込み?─────
そう聞かされて黙るには黙ったが、だが状況を把握出来ていた訳ではない。それどころか理性とは最もかけ離れた心理状態だった。どうしていいかが解らず、ただ得体の知れない恐怖に身を震わせていた。
それを見た運転手は、ひっそりとした家の中へと入って行く。
玄関に残されたのは鈴奈と足下に佇む冷たい気配と、そしてへばり付くような静寂だけだった。