ジェフティ 約束
 その時だった。アスベリアの部屋のドアが拳で軽くノックされたかと思うと、それは静かに動いた。アスベリアは、部屋に滑り込むように入ってきた旅用の薄汚れたマントを見つめ、言葉を失った。
「もう起きていても大丈夫なのか?」
「……ノリス」
 少しためらいがちに戸口に立つ男に、アスベリアは憤りを感じた。本来ならば命を助けてもらった礼を言うべきだっただろうが、アスベリアにはその言葉は見つからず、変わりに非難と怒りが口をついて出る。
「あんたは馬鹿だ!どうして自分の地位を捨てたりした!」
 ――どれだけの人間が、あんたの地位と才能を得たいと羨んでいると思っている!
 努力をしても手にいれることはできないほどのものを、いとも簡単に手放せる?アスベリアは怒りを次々とぶつけた。身体の痛みは、ノリスの姿を見たとたんに吹き飛んでしまっていた。
「なんでオレを助けようなんてしたんだ!」
 アスベリアが寝台の上で拳を握り締め、脇に置かれたクッションに叩きつける姿を、ノリスはじっと見つめている。
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