貴方に愛を捧げましょう
「それじゃ、そこでいたのね。誰彼構わず人間達の相手をしながら」
「ええ……。人間の姿で、私を選んだ方達の慰みものになれとのご命令でしたので……」
相槌を打つと、彼は力無く項垂れた。
その様子を見て、これがあたしに言いたくなかった事なのか、と思う。
けれど理由が分からない。
その時の事を思い出して気分が悪くなったから?
「嫌なら、そんな事しなきゃよかったじゃない」
「──…その時は、それで良いとの結論に至ったのです。微笑み、慰め、相手の欲を満たすだけで、束の間の自由を得られたのですから……」
彼にはプライドというものが無いのだろうか。
思わず彼に冷めた視線を投げた。
……けれど、すぐに思い直す。
自尊心よりも──自由を選んだという事を。
そんなに辛いのだろうか、檻の中で何十年も過ごす事が、人間にいいように扱われる事よりも。
あたしなら…──少なくとも、他人に自分自身を好き勝手に扱わせるほどには自尊心を捨て切れない。
それなら檻の中でじっとしている方がいい。
そんなあたしの思いを感じ取ったのか、自嘲気味の笑みを微かに口の端に浮かべながら、彼が言った。
「もし、誰かが私を見つけたとしても、必ずしも封印を解くという事はありません。檻に閉じ込められた異質な存在を目にすれば、普通は関わりたくはないと思うでしょう」
「なら、あたしは普通じゃないってことね。まぁ、あの時に何もせず放っておけば良かったとは思ってるけど」
「いいえ、そういう訳では……」
思いがけず皮肉を返されて、彼は困惑した様子で否定の言葉を口にした。
あたしは顔を窓に向け、再び夜空を眺めた。
話を聞いていたはずなのに、どうして彼と話し合っているのよ……。
「この際、打ち明けてしまいますが……初めて貴女とお逢いした時、私は狐の姿で居りました」
「そうだったわね。それでもやっぱり、普通には見えなかったけど」
九本の尾に、大きすぎる体躯、鋭い知的な瞳。
それを見て普通だと考える方がおかしいでしょ。
窓から顔を離さずに言ったから、あたしの言葉に彼がどんな反応をしたのかは分からない。
でも、きっと困ったような顔をしてるはず。
あたしの冷めた態度に、もう話は終わるだろうと思った。
けれど深い低音の声は途切れることなく続いた。