ロ包 ロ孝 2
夏休みが終わり、戦場になる恐れが高いとされている月には戻らない予定のカンだったが、月の人々にその危機を報せることが出来なかった彼女は、陳老人から託された重責を果たすべく帰月の途に在った。
搭乗前に指定しておいた、全てが白とライムグリーンで統一された内装は、カンが最も落ち着く配色だ。
「月に戻るのも、なんだか凄く久し振りのようだわ」
グラコロでジェイと過ごしたあの何日間かが、今思い返すととても長い時間だったように感じられる。
「結局記事になるようなことは聞きそびれちゃったけど、でも楽しかったなあ」
シャトルでも特に値段の張るプレジデンシャル・シートは個室になっているので、カンは思う存分独りごちることが出来た。(因みに内装色を変更出来るのはファースト・クラス以上の個室エリアに限られている)
そして偏光アクリルで出来た分厚い窓からは、大きな茶色い地球が顔を覗かせていた。
「あっ、ベルト装着サイン、とっくに消えてる」
カンは急いでベルトを外したが、少し損した気持ちになる。以前の彼女は、砂嵐の中に暮らす人々のことなど、観光地の原住民程度にしか思っていなかった。真っ青だった頃の地球を写真でしか見たことが無いカンに取って、舞い上がった粉塵でつちけ色になったその天体に、これまでは鑑賞するに値する程の価値などなかった。
しかし命の恩人であるジェイの、それも計り知れない過酷な運命を知り、それでも未来に向けて強く生き抜こうとする彼女の姿をまの当たりにして、カンの地球観、いや人生観もろとも根底から覆されていた。
「あの茶色い空の下で、みんな必死に生きているんだ」
カンは無重力で身体が浮き上がらないようにとマグネットシューズのスイッチを入れ、窓に寄り添う。そして両腕を回せば届きそうな大きさになった地球を、いとおしそうに眺めた。
「お金の有る無しだけで、幸せを享受出来る量が変わってはいけない。そして、貧富の差から起きる争いによって流される涙を、見過ごしてはならない」
庶民も特権階級も同じ人間、そして同じ生命なのだと心の底から噛み締めたカンだった。