ロ包 ロ孝 2
 着地の衝撃でグローブを飛ばされた左手は、凍傷で壊死して使い物にならなかったが、重要な部分に致命傷を受けなかったのは不幸中の幸いだった。

「良かった……気が付いて本当に良かった。グスッ」

 野木村はマスカラで目の周りが真っ黒になっているのも知らずに、ガシガシと目をこすっている。

「ノギちゃん……俺どうしてここに?」

 虚ろな目を野木村に向け、か細い声で問い掛ける。目覚めたばかりの林は、まだ何が起こっているのか把握出来ていないようだ。

「サンドモービルで事故ったのよ。3週間も眠ったままだったんだからぁっ!」

「そっか……でも、余り良く覚えて無いんだよ……俺……」

 林はそう言うと、すぐ再び眠りに就いた。

「先生、また眠っちゃったわよぉっ! どうしてよぉ!」

 医師の胸ぐらを掴んで野木村は詰め寄った。

「だっ、大丈夫です。グエッくる、苦しいっ!」

 医師の足は完全に床を離れている。我に返った野木村は慌てて手の力を抜いた。

「はぁっ、私が死ぬ所でしたよ。とにかく意識が戻ったので大丈夫です。
 多分一気に覚醒したので疲れたんでしょう」

「す、すいませんでした」

 野木村は大きな身体を精一杯縮こまらせて、頭を何度も下げながら謝罪した。

「また目を覚ましたら呼んで下さい。今夜は宿直室に詰めていますから」

「有難うございます。宜しくお願いします」

 野木村は病室から出ていく医師を見送ると、ベッドの傍らに有る付き添い用の丸椅子に座った。

林はと見ると血色の無い唇をうっすらと開け、小さな寝息を立てている。

今まではまるで人形が寝ているかのような印象だったそれが、俄に林の生命力を感じさせる息吹きとなって感じられた。

「全く。心配ばかりさせてっ」

 野木村はそう言うと、人差し指で林のおでこを軽く小突いた。

「なんだよノギちゃん、もう飯か?」

 林は2度目の覚醒をしていた。

「ミッツィー、おはよう。
 残念ながらご飯はまだよ?
 もう少し寝んねして待っててね?」

 野木村はナースコールを押した。


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