闇夜に笑まひの風花を
*****

__あれは、なに……?

目の前の光景が信じられない。

「……は、るか……?」

声は掠れていた。
身体に力が入らない。

嘘でしょう?

手が、震える。

杏の瞠った瞳の先には、制服を着た遥と__若い、女の人。

夕闇に紛れ、街灯に仄かに照らされる影が、一つに重なっていた。

横顔だからって見間違えたりしない。
あれは、遥だ。

だって、私があげたストラップが、鞄についてるもん。

杏は呆然と立ち竦む。
見たくないのに、目が離せない。

そのとき、不意に女と目が合った。

「__っ!!」

それと同時に、杏は弾かれたように走り出した。
彼に気づかれないように、来た道を走り戻る。

笑った!
あの人、私を見て笑った!!

どうして、誰、なんで……と思考が回る。
ぐるぐると、まるで抜け出せない無限ループのように。

はあ、はあ、と息が乱れる。
喉が痛い。
目からは涙が止めどなく溢れ、後ろに流れる。

「っぁ、ああっ」

忘れたいのに、脳裏から離れない。

離れない。
離れない。

遥と見知らぬ女のキスが。

忘れたいのに。
どうして……っ。

__どうして遥が女と居るの!?

今朝、遥は予め今日は遅くなる、と言っていた。
けれど、理由は補習だと言っていた。
そのときも珍しいと感じたが、一度作曲を始めると四六時中そればかり考えている彼のことだから、またぼうっとしてたのだろうと思っていた。

でもまさか、それが女とのデートのカモフラージュだったなんて。

痛い。
痛い。
心が痛い。
胸が、心臓が、張り裂けそうに痛いよ。

どうして、と繰り返し考える。
けれど、まともな答えは探し出せなかった。
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