闇夜に笑まひの風花を
杏の意思が分かれば、あと彼ができることは一つだけだ。

遥は救急箱から湿布と包帯を取り出す。
そして、杏の腫れ上がった足に、応急処置をしていった。

杏はそんな彼を見つめる。
ふと、彼女の足に包帯を巻く彼の、唇に目が留まった。

やがて、小さく口を開く。

「ハルの頼みを受けて、ハルに舞の稽古をつけて、その帰りに礼だと言ってハルにキスしたのは、那乃なのね?」

「……ああ」

遥は手を休めぬまま、答えた。

「遥は、私に格好悪いところを見せたくなくて、那乃に稽古を頼んだのね?」

「……そうだよ」

足首に包帯を巻き終えて、裂いた先をキュッと結ぶ。

「でもハル。私は、私のために頑張ってくれようとするあなたを、格好悪いとは思わないよ」

遥は驚いたように顔を跳ね上げた。
彼の赤銅の瞳に、杏の笑顔が映る。

「嬉しい。
今日も、ついて来てくれてありがとう。気づいて、手当てしてくれてありがとう」

杏の柔らかな笑顔に、遥は彼女を抱き締めた。

「わっ」

急なことで驚いた彼女が声を上げる。
けれど杏は、ただされるままになっていた。

ハルが急に抱き締めるなんて、珍しい。

幼い頃から幼馴染として傍にいて、幾度も抱き締められたことはあっても、それはたいてい杏が泣いているときだった。
それ以外は、ゆっくりと腕に収めていくといった感じで、いきなりキツくというのはなかったように思う。

こんな、感情任せのような荒々しさは。
< 86 / 247 >

この作品をシェア

pagetop