ママのバレンタイン
「ヤスオちゃん、元気に先生してる?」
 お店を出ると、ちょっと寒い風が、ぴゅーんと通り過ぎた。
「相変わらず、生徒とボール追っかけてる」
「サッカー、好きだねえ……」
「来年、学校かわるかなあ……」
「げげっ、私の高校じゃないよねえ……」
「それって、おもしろいよね!香奈数学苦手でしょう?ラッキーじゃない」
「なにがラッキーなんだよお!ママお願い!それだけは勘弁」
「う~ん、でも、決めるのは私じゃないもん。彼氏、部活何してるの?」
「……サッカー……」
「サッカー……ほおっ……」
 と言ったきり、ママはいつまでも腹を抱えて笑っていた。
 
 ヤスオちゃんに初めて会ったのは、離婚したママに笑顔が戻ってきた頃だった。ママの笑顔は久しぶりだったから、私はとても嬉しかった。親の気持ちって、子どもに本当影響力があると思う。ママがお酒飲んで泣いてばっかの頃は、本当にママが死んじゃうんじゃないかって、小さい心がズキズキ痛んだ。だから、ママが元気になって、きっと新庄の家に帰ってきてくれるってその時まで信じてた。

 ママの隣に立っている、のっぽのお兄ちゃんがヤスオちゃんだった。
「やあ!」
 なれなれしいお兄ちゃんを、ちょっと睨み付けた。
「ママ、だあれ?」
 七歳になりかけだった私は、警戒心を隠すこともしなかった。その私をママは満足そうに見つめてから、
「井上泰夫君だよ。先生の卵」
「でっかい卵だろう?」
 そう言われて、素直に笑えなくて、むすっとした。ママのお友達はみんな好きだった。どの人もどの人も私のことを大切にしてくれた。でも、ヤスオちゃんはどこか他の人と違っていた。ママの恋人だっていうだけじゃなくて、もっと違う。子どもだからって、甘く扱わないっていうのか、人として対等にヤスオちゃんは私と接していてくれた。
 
 ママはヤスオちゃんと暮らしていることを隠そうともしなかった。
 ヤスオちゃんとママとの年の差がずいぶんあることも知っていたが、二人を見ていたら、そんなことどうでもいいじゃん、大切なことはもっと違うことだよって、二人の背中が言っているようだった。
「ママはもう、新庄のお家には帰ってこないの?」
 私は、ヤスオちゃんがママを独占していることに我慢ができなくなっていた。
「おばかね、ママはずっと、香奈のママだよ。へその緒は、見えないところで繋がってるの。新庄のお家にいるのがイヤなの?」
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