ママのバレンタイン
「ママがいなくて可哀想に……」「ママのところに行きたくなあい?」「気の毒にねえ……」などと、隣のおばさん達は口々に言ってくれるが、口車に乗ったら大変、ママもおばあちゃんもどちらかが悪者になってしまうということを私は知った。
 
 だから、にっこり笑って、「みんな元気だからいいの」と、ぶりぶりに答えるようになった。
 
 世間とのつき合い方は、ママよりも私の方が上手い!
 
 今は少しだけ、ママの気持ちが分かるようになってきた。分かりたくはないけれど、ちょっと分かる。子どもだって、哲学をする。子どもだって進化するのだ。おかげで、しっかりとした子どもとして周囲の大人達は私を誉めてくれた。そんな私をママはいつまでも赤ちゃんのように扱いながら、「こどもなんだからねえ……」と抱きしめてキスしてムツゴロウさんが動物を撫で回すように、「よーおし、よしよし」と、いつまでも抱きしめている。ちょっぴり抵抗しながらも、鼻の先をつーんとさせながら、ママのふんわかとした胸に甘えるのが二週間に一度のママと私の儀式だった。

 初めて彼氏ができて、初めてのバレンタイン……
 ママにつき合ってもらって、チョコを買った。
 ママは渋い包装の小さな箱をいつの間にか手にしていた。
「ヤスオちゃんに?」
「うん……」

 ママは子どものように赤くなって、小さく頷いた。ったく、十年くらいヤスオちゃんとつき合っているのに、いつまでもいつまでもときめいているママが羨ましかった。で、心の中の小さな場所で、ママがずっと愛する男の人がヤスオちゃんじゃなくて、パパだったらいいのにと小さく呟くのだった。

 離婚の原因はヤスオちゃんじゃないよ、と、ママはいつだったか私にはっきり言った。 そんなのどうでもいいよお!とにかく、ママは私をおいて行くんだから!と心の中で叫んでいた。

 ママは、ママが自分が壊れていくのをどうすることもできなくて、いつも泣いていた。いつもお酒を飲んでいた。

 私は新庄の家が好きなのに、ママはそうじゃない。私はパパやおばあちゃんの気持ちが分かるのに、ママには分からない。その反対で、ママの気持ちが分かるのは小さい私だけだった。それがとてもとても悲しかった。
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