寂しがりやの猫
廊下を歩いていると、前から市川が歩いて来た。

―あ…

心の中で昨日のことを思い出す。


「おはよう、市川」

田村が最初に声をかけ、結城も頭を下げる。

市川は チラッとこちらを見て ペコッと頭を下げた。

「あの」

市川が立ち止まる。

「中河原さん、昨日は 本当にすいませんでした」

深々と頭を下げられて 驚く。


「あ、ううん… こっちこそ ごめん」

私も なんとなく悪い気がして 謝った。

「俺、中河原さんに憧れてるんです」

顔を上げて 市川が言う。

なんだろう、今までの市川と違って何かふっきれたような顔。


「あの後 田村に電話で説教されました。そんなんだからお前はいつまでも童貞なんだって」

田村を見ると 余計なこと言うな、と言う顔をしている。


「そうなんだ」

ふふふ、と私は ちょっと愉しくなる。

「今度 ちゃんと飲みに誘ってもいいですか」

真っ直ぐに見つめられて ちょっと戸惑った。

「あ、うん…」

田村に 聞かれたくなかったけれど、嫌とは言えなかった。

「やった!じゃあ…」

市川は 頭を下げて その場を去って行った。
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