樹海の瞳【短編ホラー】
 傍らには、木暮が倒れていた。
 目を見開いて、真っ白で、生きているようにはとても思えない形相だった。

 もう一度、西郷は女に目を戻した。
 西郷は内臓が飛び出すほどの、嘔吐を感じ、小窓に挟まった。

 首がない。

 首のない女が立っている。
 ニットの赤いワンピースを着た、首を切断された女だ。

「ひっ、ひぃぃ」
 西郷は声にならない悲鳴を上げた。

 小窓から無我夢中に頭と腕を引き抜あた。勢い余って、そのまま地面にドスンと尻餅をついた。
 西郷は痛みも捨て置き、枯れ葉を掻きむしりながら、立ち上がった。

「西郷さん」
 西郷は呼び掛けに気付かなかった。

「西郷さん。木暮です」
 木暮の声だ。

「ひっ、ひゃあぁ」
 西郷は耳を塞いで走り出す。
 口を縦に伸ばした死顔(しにがお)が脳裏に浮かんだ。

 西郷は走った。
 息も堪え堪えに走り続けた。

 胸が痛い。
 苦しい。
 とても、くるしい。

 西郷は倒れ込み、仰向けになった。
 視界が円く開ける。
 息遣いが、遠く感じた。

 意識が朦朧とした。
 いつの間にか走馬灯のように、何かの記憶がよぎり出した。


 一年前に、病気の妻と死別したこと。
 一人でツアーに参加したこと。
 寂しくて、死ぬつもりで、樹海の中に入って行ったこと。
 妻が好きだったポーカーゲームを、樹海で独りでやっていたこと。
 喉が渇いて、お腹が減って、苦しくて苦しくて堪らなかったこと。
 気が付けば、途方もなく涙が止まらなかったこと。

 そして、霧の日に、自分が生き絶えたこと。
< 14 / 21 >

この作品をシェア

pagetop