春、恋。夢桜。
梨恋は、にやりと笑ってリビングを出て行った。

すぐ後に、階段を勢い良く駆け上がる音も聞こえてくる。


また涙をこらえきれなくなったか……。


ふざけた会話をしながらも、目に涙をためる梨恋を思い出す。


明日もまだ、学校はある。

しかも、明日になれば両親も帰ってくる。


だから、梨恋の話を目一杯聞いてやれるのは今日だけだ。


俺はすっと立ち上がって、梨恋のノートや算数の教科書をまとめた。

それらを持って、2階へ向かう。


小さな丸い電気だけが灯る静かな階段をとん、とん、と昇った。


ぴったりと閉められたカーテンのおかげで、外の様子は全く見えない。


でも、恐らく今日も、夜空には驚くほどたくさんの星と

驚くほど綺麗な月が輝いているんだと思う。


見えない夜空を少し恋しく思いながら、俺は梨恋の部屋へ向かった。


俺はこの日。

澄月町へ来てから初めて、月美丘へ行かなかった。
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