春、恋。夢桜。
 

だから、出場メンバーの発表があってから、俺はだんだん孤立し始めた。


でも、もともと親しくしてた人間はあまりいなかったし

俺は、そこまで気にもしてなかった。


そうは言っても、自ら誰かとコミュニケーションをとらないことと、それを奪われることでは、やっぱり違う。


そのせいで、精神的には少し、バランスが崩れていたのかもしれない。


でも、そんな狂い始めたバランスも、走ることと大会だけが

ギリギリの状態で支えてくれてたんだと思う。




「櫻井!加藤!次、走れ!」

もうすぐ40歳になる顧問が言った。


がっしりと筋肉がついた、黒く日焼けした体からは、部活への熱心さがよく伝わってくる。


加藤は同じクラスの陸上部員で、同じように短距離の選手だ。

俺とは違って、小学生の頃から陸上をやっていたらしい。


ピストルの音と同時に、俺はいつものように飛び出した。

はっきりと色鮮やかに世界は、俺の目の前、そして両脇をすばやく駆け抜けていく。


だんだんと近づくゴールに、全速力で向かう。

耳に聞こえるのは、自分のスパイクが、地面を蹴る音だけだ。


他には、何も聞こえない。

聞こえなくてもいい。


そのまま走り抜けた後、俺の視界はまた元に戻った。
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