猫の飼い方
序章

実は、かねがね思っていたことがある。
夕方の5時以降になると、どうしてあれ程に
“にしんの煮付け”
が食べたくなるのだろうか。
4歳の頃、祖母の家にいることが日課になっていた私は、とある晩の夕餉の品に出てきた“もの”を忘れられなくなった。
それは真っ白なご飯と共に、嫌々しくも黄金色の体を横倒しに3匹、浅黄色した陶器のうえに並んでいた。幼心にそのコンパクトな海水魚を初めて目の当たりにした私は、そのきらびやかな輝きに感嘆の息を漏らした。ああ、君は全く可愛い唇をしているね。早く“食べられちゃいたい”気分だよ。そう、言ってこちらを向いているようだった。

「ほたるちゃん、」

ふいに頭上から声がする。
咄嗟に見上げれば、懐かしい祖母の顔が――そこにはあった。
もう今はみることもないその笑顔で、彼女は自分の名前を読んでいた。

「なぁに、おばあちゃん」

「いただきます、」

両手を合わせて祖母がいう。それに続くようにして私も彼女の真似をした。もう何度こうしてご飯を食べたことか。懐かしい思い出はあの頃のままでとまっている。


「ほたるちゃん、」

そういって彼女はよく笑っていたのだった。
今も決まってにしんの煮付けが食べたくなるのは、もしかしたらそのせいもあるのかもしれないと、最近になって気づいた。
< 1 / 2 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop