雪人
 ベルライズの問い掛けに、ただ無表情に何も映していない濁った茶色い瞳を姫は向けるだけだった。その様子にベルライズは胸を締め付けられるような痛みが心に走った。
「私を責めてください……!何もできなかった私を罵ってください……!くっ……どうしたら……姫様はお心を取り戻されなさるのですか……」

 ベルライズの悲痛な思いも虚しく、姫の瞳は宙を見つめるだけだった。暫らくベルライズは膝ま付いた状態でいた。陽に焼けた顔から涙が伝うのを感じ、急いで拭って立ち上がり姫に声を掛けようとするが、ドアからノックがかかり誰かが入ってきたのだった。


 入ってきた人物は淡々とした足取りで姫の許までくると、優雅に挨拶をする。
 ベルライズは現われた人物をこれでもかと憎しみを帯びた視線で睨み付けて見た。

「これはこれはベルライズ騎士団長ではないですか。ここにいらしたのですか」

「猿芝居は止せ、魔導師。いったい何用でここに来た?」

 ベルライズは険しい表情で魔導師を見る。入ってきた人物――魔導師――はそれをなんとも思わず全身を覆っている黒いローブから見える口元を吊り上げた。

「私はあなたに用が此処にきたわけではありませんよ。姫に用があって此処に来たんですから、ベルライズ騎士団長に私が来た理由をいうはずがないでしょう」

 クックックッと人を馬鹿にしたように魔導師は笑う。その態度にベルライズは頭に血が昇るのを感じながら怒鳴り散らそうと思ったが、姫の面前なため拳を力一杯握り抑える。それを見た魔導師が嫌らしい笑みを口元に浮かべた。

「仕方ないですね、騎士団長殿。そんなに姫が心配ならあなたにも聞いてもらいましょう」

 魔導師はテラスへと続く窓に歩み寄る。白いレースの付いたカーテンを横に移動させる。露になった夜の景色を見ながら魔導師が話しだした。

「騎士団長には悪いですが、隣の火国と戦争します。姫にその事を告げに来ました。といっても、心が無くて分からないでしょうが」

「戦争だと!ふざけるな、そんなこと大臣達だってさすがにやらないはずだ!」

 ベルライズは険しい表情で魔導師を見る。手は剣の鍔を掴んでいる状態でいつでも斬り掛かれるように。それを知ってか知らずか可笑しそうに魔導師は笑い、ベルライズに振り返る。

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