【B】明日は来るから 【優しい歌 外伝】

2.それぞれの年月(時間)Ⅱ -神楽-




「それでは、お先に失礼します」



音楽教室の合間に、
近所のスーパーでレジのバイトをしてる私は
店長へ挨拶をして帰宅の準備をする。




「結城さん。
 お疲れ様、真人君が待ってるだろ。
 
 はい、これ。
 惣菜とパンと売り物の残りだけど、
 持っていくといいよ」



そう言って大量に袋に詰められた
惣菜とパンを店長から受けとる。



「有難うございます」

「いいよいいよ。
 さっ、早く帰ってやりな」


店長はそう言って
私を帰りやすいように促してくれた。




恭也の元から黙って姿を消して、
私は、藤本の家族が暮らしていた街へと戻って来た。

この場所で、最初にお友達になったのが
檜野倫華さん。


倫華さんのおかげで、私は恭也君が居ない悲しみも
お腹の子と二人だけになってしまう不安も、
緩和させて貰った。


やがてこの土地にようやく慣れた頃、
この地域の人たちは、
私を見て『冴香ちゃんかい?藤本先生とこの?』
そう言って何人かに声をかけられるようになった。


「いいえっ」



そうやって返事すると、
信じられないことにその人たちは名前を続けた。



「ならっ、神楽ちゃんなんだね」


神楽としての名前が今も、
昔からここに暮らす人たちの中には
残っていることが嬉しかった。



世間体を気にしていたのか、
事実は歪められていたけど、
祖母の養子になったことを知る
その人たちは、お腹が大きくなってきてる
妊娠中の私にびっくりする。


『一人で産むのかい?
 父親は?』


そう言って口々に心配してくれる
その人たちには、私は恭也君への自分の想いを
心の奥深くに封印しようと、
『父親は亡くなった』と告げた。



私の嘘を信じてくれたその人たちは、
その後は、ずっと私を支えてくれた。


妊娠中も働かないと生活は出来ない。



そんな私に、
ここでスーパーを経営してる
今の店長が、無理のないように入れるようにと
シフトを作ってくれるようになった。


あんなに恨んでた父や母に教えて貰ってた子供たちの
お父さんや、お母さん世代の人たちが
恩返しだよって私の生活を支えてくれた。
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