【B】明日は来るから 【優しい歌 外伝】



スニーカーと、
ハイヒールの差で追いついた
私は必死に手を伸ばして、
その腕を掴み取って言い切る。



後もう少しで、
真人の部屋まで辿りついてしまう。



真人にこの人を逢わせたくない。


祐天寺さんは、間違いなく
真人をズタズタに傷つけるはずだから。

私から真人を奪い取ってしまうはずだから。




「邪魔なのよ。

 アナタが居るから私は……」


そう言った彼女は、鞄の中から
果物ナイフのようなものを取り出して
私に向ける。



「落ち着いて。

 そんな危ないもの、振り回さないで」


何度も両手で果物ナイフを握りしめたまま
私の方へと突き出してくるナイフ。

ナイフの切っ先は、空を切り裂きながら
私の方へと何度も何度も向けられる。




「何をしてるんですか?

 警備? 院長先生を呼んで」


急に背後から真人の担当看護師、
浦和さんの声が響く。

その直後、繰り出してきた
果物ナイフの切っ先が、
私のブラウスの袖を少し切り裂く。


体制を崩した私を受け止めたのは、
騒ぎを聞き届けて駆けつけてくれた
勇生君で、祐天寺さんは
三人の警備員に捉えられるように
抑えられていた。



「大丈夫?
 神楽ちゃん?」



勇生君の声を聞いて、
一気に緊張から解放された私は、
そのまま体が震えてとまらなくなる。



「すいません。
 昭乃を院長室へ。

 勇生、悪い。
 神楽さんを頼んだ」



遅れて姿を見せた恭也君は
私の元に来ることもなく、
警備の人たちに抑えられた彼女を連れて
離れていく。





抱きしめて……。




その望む彼は、
今も手は届かない。




< 263 / 317 >

この作品をシェア

pagetop