【B】明日は来るから 【優しい歌 外伝】

16.贈り物~二人だけの結婚式~ -神楽-




恭也の胸に抱きしめられた日から、
私はまた歩きだす。

恭也の傍は暖かい。

だけどその暖かさに私は溺れてしまってはいけないの。
私は母親。


今の私は母親だから、
女であってはいけないの。

昔、必死に沈めて気付かないふりして
過ごし続けた想いも、彼と過ごす時間が簡単に
あの頃の感覚へと引き戻していく。


一緒に出掛けたウィンドウショッピングが
目を閉じるとついこないだの様にも
錯覚すらしてしまう。

隣を見つめれば、彼はいつも笑いかけてくれて
私の心が折れそうな時は、
常に手を差し出してくれた。


沢山辛いこともあったはずなのに、
恭也君との時間の中で思い出すのは
楽しかったことばかり。

彼に甘え続けることが出来た時間が
あまりにも幸せすぎて
彼に祐天寺昭乃さんと言う妻が居ることを知りながら
心の中で求め続ける愛。


もう充分愛されてる。

奥さん居ながらも、
今回も彼は拒むことななくて
勇生君と二人、真人を助けてくれた。


私はそんな彼の優しさに付け入ったの。

その想いが、
昭乃さんをあんなにも追い詰めた。


どんなに愛していても、どんなに思い続けても
彼の家族を壊しちゃいけなかったの。


この想いは恭也君に気付かれることなく、
もう一度、深い場所へ沈める。

決して日の届かない、
誰にも気づかれない場所へ。

昭乃さんの事件から、
ゆっくりと自分自身と向き合って考え出した私の想い。


最初は彼女への復讐だった。
でも彼女の立場を強く感じた時、
自らの過ちに気がついた。

勝矢君。
そう名付けられた葉書の中の子供。

あの写真の中で笑っていたあの子には
何の罪もないの。

罪深いのは私たち大人だけ。

昭乃さんへの復讐が、勝矢君を追い詰めるだけのものに
なっていたように気が付いた時、
私は自分自身が許せなくなった。

親の愛情を感じずに育つ子供の寂しさを
虚しさを一番知っているはずの私が
その当事者になってしまった現実。

彼の時間を奪ってしまった私自身。
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