【B】明日は来るから 【優しい歌 外伝】





この沈黙が彼女の答えなのか?





そう思うと、
その場から動き出すことも出来ず
彼女を見つめて立ち尽くしてしまった。



暫くの沈黙の後、
ドライヤーを片づけた彼女は
俺の方にむきなおる。





「有難う。

 私もずっと知らなかった。

 家族で過ごす時間が、
 こんなにも楽しいことに。

 三人でいると、あんな風に
 真人が笑うなんて。

 
 私も三人で過ごすことが出来たら
 どれだけ嬉しいだろうって思えるよ。

 だけど……何もかも、
 もう遅すぎたの。

 
 あの日……真人を助けて欲しいって
 恭也君に泣きついた時から、
 こんな日が来るのはわかってた。


 わかってたのに……
 やっぱり、こんなにも心が痛いね」




そう言って肩を震わせる
今にも泣きそうな神楽さん。



そんな彼女をただ黙って抱きしめる。





頑固な程に一度決めたことを
曲げることをしない彼女。




これ以上、俺が何を告げても
彼女が俺と同じ未来を隣で歩くと
頷いてくれることはない。




そんな彼女だからこそ、
俺が出来るのは、
ただ黙って、震え続ける彼女を
ぬくもりを分け与えるように
抱き続けることしか思いつかなかった。



ソファに二人、
寄り添うように腰掛けながら
ただ抱き合う俺たち。






口づけも、何もないまま
ただ洋服越しに、抱き寄せるだけの時間。




それでも彼女は、
俺に僅かな残り時間を委ねるように
顔を埋めた。




お互いの温もりだけを感じる
穏やかな時間が続いて、
俺たちは、そのまま真人君が眠るベッドへと移動する。




朝になったら別々の未来になってしまう。





だけど……別れの前夜。



最後の一瞬一瞬の時間を
俺は真人君の父親として、
神楽さんの夫として過ごしていたくて。



最初で最後の家族旅行。



一つのベッド。
川の字で眠り続ける俺たち三人。




神楽さんと真人が、
安心したように眠る
そんな姿を、ただ見つめながら
朝を迎えた。



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