【B】明日は来るから 【優しい歌 外伝】




「すいません」




過呼吸が起こりそうな気がして、
俺はそのまま人ごみをかき分けて、
彼女のもとへと近づく。



「お姉ちゃん?」



そう言って、彼女のもとに近づこうとした
藤本冴香の手を無言で引っ張ったのは、
他でもない母親である藤本結愛だった。




サイン会の準備のための
打ち合わせなのか、
過呼吸の発作を起こしかけている彼女を残して
二人はスタッフの一人と共に
エレベーターの中に消えて行った。






「神楽?

 ちょっとどうしたのよ?」





本格的に過呼吸の発作が起きてしまった彼女の周りには
気遣う人と、同情の眼差しを向ける人とでごった返す。



そんな中、彼女の親友である
文香さんだけは彼女を心から気遣ってた。





「文香さん。
 すいません、場所変わってください」



そう言うと、彼女を自分の方に抱き寄せて、
落ち着かせながら、あの最初の発作の時以来
持ち歩いている紙袋を取り出して
ゆっくりと呼吸を落ち着かせていく。





何度か紙袋越しの呼吸を繰り返している間に、
落ち着いてきた彼女は、
俺の腕をがっしりと掴んで
しがみつくように……掠れた声で告げた。




「……一緒にいて……」








かすかに聞き取れるか
どうかくらいの小さな声で告げられた
彼女が出したヘルプサイン。








そのまま彼女抱き上げて、
彼女をゆっくりと抱きしめながら、
俺も彼女にだけ伝わるように
無声でゆっくりと口だけを動かした。





『傍にいるから』








抱き上げた彼女は……
合コンの時よりも、
軽くなっているように感じた。









そのまま仕事が続けられる状態でもない彼女は、
上の階のスタッフルームでしばらく休んだ後、
早退することを進められた。





早退と言うのはある意味建前で、
お客様が大勢いる、フロアーで
今日のゲストである藤本親子ともめたスタッフを
このまま現場においておけないっと
言う結論になったのも確かなようだった。









俺にもたれ掛るように、
体を寄せて歩く彼女を
俺もギュっと抱きしめ返す。





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