【B】明日は来るから 【優しい歌 外伝】
看護師さんが、
にっこりと微笑んだ後、
診察室のドアを開くと、
白衣を身につけた
親父と呼ばれた先生が
ゆっくりと姿を見せる。
傷口を消毒して
手当てした後、
そのまま、
足首のレントゲンを確認して
捻挫だけだということがわかると
湿布薬をはって、
足首を固定してくれた。
処置が終った後、
先生は、
また診察室を出ていく。
入れ替わりに入ってくる、
助けてくれた少年。
「捻挫で終って良かったね。
この間は、雨の日に桂坂で
滑り落ちたおばあちゃん、
運ばれてきたけど、
骨折してた」
「こらっ。
恭也、なんてこと言うの。
山瀬のおばあちゃんと
比べちゃダメでしょ」
二人のじゃれあう
姿を見てるのは
なんか楽しかった。
私がどんなに望んでも
得られないものだから。
「あなた、お名前は?」
求められるままに、
連絡先を書くと、
財布の中から、
診察代を支払おうと
お札を取り出す。
そのお札を、
看護師さんはゆっくりと
私の財布の中に戻させた。
「恭也が強引に
連れて来たのでしょ。
だったら、患者さんじゃなくて
恭也のお友達ってことで。
あなた、
恭也の彼女なのかしら?」
突然の言葉に、
首を慌てて
横に振ることしかできなくて。
「あらっ。残念。
初めてなのよ。
あの子が
うちに女の人連れてきたの。
だから……。
外は雪降ってるし、
良かったら
お泊りしていってちょうだい。
病室で良かったら、
開いてる部屋もあるから。
後で、着替え私のものだけど
持って来るわね」
にっこり笑って出て行った
看護師さんと入れ替わりに、
少年がまた姿を見せた。
今度は、制服から
私服に姿を変えて。
「今日、
お泊りコース決定らしいね。
まっ、今は足首
無理しないほうがいいだろうし。
ドンくさいから、
また姉さん
転がっていきそうだし」
そう言いながら、
彼はまた私の前に
中腰になる。
求められるままに
彼の背中に体を委ねると
そのまま、
今日泊まることになった
病室へと
連れて行かれる。
「はいっ。
今日の部屋ね。
姉さんの名前は?」
私をベッドにおろして
ベッドサイドの
パイプ椅子に腰掛けて
質問してくる。
「結城神楽」
「ふーん。かぐらって、
どうやって書くの?」
「神様の神に、音楽の楽。
神楽舞の神楽」
「なんか、
オメデタそうな名前だね。
俺は、多久馬恭也
(たくまきょうや)。
浅間学院の高等部。
今は大学受験前。
ちなみに今週末は、
センター試験」
センター試験って。
「試験前に、
こんなに私に
時間割いてていいの?」
思わず問いかける。
私がセンター前なんて
受験勉強に
必死だったのに。
「やるべきことは
終ってるから。
後は、受験だけだし。
明日、送ってくよ。
家でも職場でも」