【B】明日は来るから 【優しい歌 外伝】



「どうしようか?

 そうそう、今日はその先のアンジュで
 ケーキは予約して来たよ。

 恭也のご両親の結婚記念日だもん。
 お二人が出逢って、恭也が生まれた

 恭也のご両親みたいな夫婦生活が出来たら
 幸せだよねって思うことある。

 うちの家族は、バラバラだったから」


そうやってまた寂しそうな表情を浮かべる。


昔みたいに発作を起こす回数は
少なくなってきてるけど、
それでも神楽さんは、有名ピアニストの両親
藤本智志(とうもと さとし)と
藤本結愛(とうもと ゆあ)の存在が
今も心の傷として残ってる。


そんな背景を知りながら、
どんな言葉を返していいのか思いつかない
俺はただ自分の方へと
神楽さんに腕をまわして引き寄せる。




「恭也……」

「神楽、俺が居るよ。
 大丈夫だから」



そうやって声をかけるのが精一杯。

神楽さんは、俺の言葉に
安心したように微笑むと、
もう一度、自分の手を
重ねてギュっと俺に絡みついた。




アンジュで予約してくれたケーキを買って、
デパートでワインを購入。


そのまま今度はスーパーで、
今日の晩御飯の買い出し。



ショッピングカートを押しながら、
食材を次々と籠に入れていく神楽さん。



嬉しそうに一つずつ、
商品を手に取って選んでいく姿は
宝物を探しているみたいにも見えて
監察しているだけで、俺を和ませてくれる。


大人なのに……
時折、自然に零してくれる幼さの残る仕草。


そんな姿を垣間見ることが増えたのだから、
神楽さんは気を許してくれてるんだと思いたい。


そう思えれば……
俺はもっとこの夢の時間に溺れていられる。



「神楽、買いすぎじゃない?」

「大丈夫。
 この日の為に、福沢さん1枚ずつちゃんと貯金して来たから」


福沢さん1枚ずつって、
どんだけ買うつもりだよ。


食べきれないって。


まだ食材を買い込もうとする神楽さんを
慌てて止めて、俺はレジへと向かう。



福沢さん、4人が旅立って
僅かな小銭が帰ってくる。


大量の買い物袋をぶら下げて、
俺は神楽さんと
通り慣れた我が家への道程を
歩いて行く。
 




ただそれだけのことでも、
俺にとっては、
幸せな夢の時間。




この時間が何時までも続いてほしい。



年の差なんてものを
感じさせないほど長く……。

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