今までの自分にサヨナラを
彼はお母さんの声ににこやかに反応すると、私に言った。
「さゆ、ちょっと待っててね。すぐ戻るから」
私が無言で頷けば、申し訳なさそうに苦笑いを浮かべて、扉の向こうへ姿を消す彼。
行ってしまうのが嫌で無言になったわけじゃないのに、彼の無駄な気遣いが余計に胸の痛みを広げた。
私の方が悲しくて、つい下唇を噛みしめてしまう。
思えば、優しさを痛いと思ったことは、彼に出会うまでなかった。
たぶん彼の短所をあげるなら、間違いなくこういう優しすぎるところだろう……。
「さゆお姉ちゃん――」
ふいに囁かれた声に、私はゆっくりと顔を上げる。
すると、ドアの隙間からはくりくりとした瞳が覗いていた。