愛・地獄変 [父娘の哀情物語り]
(七)挙式前夜
 それから三年程経ちましたでしょうか、二十歳の秋の終わりでございました。高校卒業後、大学には行かずに勤めに出ておりました。
そのことでも、妻と一悶着ありました。
わたしは娘の好きなようにするがいいと申し、妻は是が非でも進学をと言い張りました。
妻の気持ちも分かりますが、いや本当のところはわたしとしましても大学生活を味わってもらいたいと思ってはいました。

 しかし、娘に反対する勇気が無かったのでございます。
惚れた弱み、あっいえ、・・・お忘れください。
幸い、わたしどもの取引先の穀物問屋にお世話になることができました。
その穀物問屋は先代からの取引先で、妻も良く知っている所でございます。
故にまぁ、妻も渋々承知しました次第で。

 突如、何の前ぶれもなくー陽射しの強い日曜日の夕方に、恋人だと青年を連れてきました。
肝をつぶす、というのはこういうことを指すのでございましょう。
唯々驚くばかりでございます。
妻などはもう、小躍りせんばかりに喜ぶ仕末でございます。
わ、わたくしでございますか?
・・そりゃあもう、嬉しくもあり哀しくもあり、世のお父様方と同じでございますよ。
えぇ、本当にそうでございますとも。

 青年は二時間程雑談を交わした後、帰って行きました。
穀物を扱う商事会社に勤めるお方で、年は二十六歳の一人暮らしとのことでございました。
ご両親は九州にご健在で、弟一人・妹二人の六人家族ということでございました。
その後娘は、しきりに青年の印象を聞くのでございます。
妻が、いくら
「いい人じゃないの」と言ってみたところで、わたしが一言も話さないものですから、娘も落ち着きません。
お茶をすすりながら、ポツリとわたくし、言いました。

「いい青年だね。
だけどお前、やっていけるのかい?
ゆくゆくは、ご両親との同居もあるよ。」
 娘は、目を輝かせて
「勿論よ、お父さん!」と答えるのでございました。
 その夜は、まんじりとも致しませんでした。

「勿論よ!」と、言い切った時の娘の目の輝きが、目を閉じると瞼の裏にはっきりと映るのでございます。
それからのわたくしは、まさしく且つての妻でございました。
顔にこそ出しませんが、心の内では半狂乱でございました。
娘を手放す男親の寂しさもさることながら、実は、正直に申しますと、娘に対して女を意識していたのでございます。
以前にお話ししたとおり、血のつながりの無い娘でございます。
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