死が二人を分かつまで
「あいつ、お父さんって言ったな」


知子はノロノロと顔を動かし夫を見た。


「最後の最後で媚びを売りやがって」

「あなたが許さなかったんじゃありませんかっ」


いつもとは違う強い口調の知子に、広は思わず気圧された。


「『お前は養子で、本当の息子じゃない。俺達の事は伯父さん、伯母さんと呼びなさい』って」

「そ、それは……」


広は珍しく言い淀む。


「お互い親子じゃないというのは判り切っているのに、うかつに父親のように振る舞ったら、後々心に矛盾が生じると思ったんだ。だったら最初から伯父として接した方が良いと……」

「分かってますよ。あなたにはあなたのルールがありますものね」


その言葉に、責めるようなニュアンスを感じたのは気のせいか。


「……2階、見て来ます」


知子はそう呟くと、立ち上がり居間を出て行った。


広はしばらくその場に座り込んでいたが、自分も腰を上げ、階上へと向かった。


その部屋に入るのは一体何年ぶりだろうか。


小夜子が使っていた6畳の和室。
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