死が二人を分かつまで
広の脳裏に子どもの頃の記憶が蘇る。


小夜子の部屋で、二人はカセットテープから流れるその当時大人気だったアイドル歌手の曲を聞いていた。

ふと、小夜子が真似して歌い始め、その歌声を広は何気なく褒めた。

「小夜子。お前、すごくうまいな」


その言葉に、彼女はキラキラとした瞳で兄を見つめた。


「ほんと?わたし、おうたじょうず?」


「うん」


「かしゅになれる?」


「なれるなれる。お前ならきっと、すぐに人気者になっちゃうぞ」

「おにいちゃんがそういうなら、さよこ、かしゅになる!」


幼い彼女は嬉しそうにピョンピョンと飛び跳ねていた。



「俺が気まぐれに言ったことを、あいつ真に受けて……」


いばらの道を進み、寿命を縮め、若くしてこの世を去る事となった。


今までの人生の中で、めったに流れたことのないものが広の頬を濡らす。


「だから、この部屋に入るのは嫌だったんだ」


否応なしに、無理矢理封じ込めていた思い出のカケラ達が、その身に押し寄せて来るから。


「本当に、馬鹿が付くくらい、真っ直ぐな奴で…」


「あなた」


肩を震わせて鳴咽を漏らす夫の背中に、知子は優しく、そっと手を置いた。
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