死が二人を分かつまで
その途中に従業員の控え室や掃除用具入れなどがあった。


蛍光灯はあるものの本数が少ないので薄暗く、しかも狭くて圧迫感のある通路だった。


そのまま小夜子の楽屋へと案内される。


進藤がその部屋に入ったのは初めてであった。


男性用の控え室は別に設けてあるからだ。


昭和63年の春、大学進学の為に上京し、一人暮らしをすることになった進藤は、アパートから程近い【プリズム】というピアノバーで皿洗いのバイトを始めた。


酒と軽食を出す店で、高い年齢層に人気があった。


そこには専属のピアニストと歌手がいて、客に心地よいBGMを提供していた。

洋楽邦楽取り混ぜ、その日の気分で自由に楽曲を選び、演奏するのだ。

もちろん客からのリクエストも受け付けていた。


「はい。救急箱。自分で手当てしなさい。カケラは片付けといてあげるから」


「え?で、でも、ステージは大丈夫なんですか?」


「今は丸山さんのピアノタイムだから大丈夫」


小夜子は笑顔で楽屋を出て行った。


専属の歌手というのは彼女の事だ。
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