恋色カフェ


だから緊張なんかしなくていいよ、と微笑む店長を、私は一瞬だけ視界に入れた。今は、彼の顔をちゃんと見ることが出来ない。


気後れしているのは、この高級そうなマンションのせいばかりじゃない。

自分で言ったこととはいえ……本当に、ここまで来てしまった。


秀人のことで不安だった気持ちが消えると、一気に現実が襲ってくる。



「こっち」


そう言って、一歩後ろを歩いていた私の背中に、店長の手が置かれた。大きく心臓が跳ねたことに気づかれてしまったんじゃないかと、余計に鼓動が速まる。


エレベーターに乗り、ここでも店長がキーをかざすと、それは勝手に動き出した。どうやら彼の住んでいる階は5階らしい。

着くまでの間、本当にセキュリティがしっかりしてるんですね、とか、話すことはいくらでもあったのに、私は何も喋れなかった。


でも、喋らなかったのは私だけじゃない。

店長も口を開くことはなく、静寂に包まれたまま私達は5階に到着した。


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