記憶混濁*甘い痛み*
翌日。
友梨は、和音の予想通り『夫』に抱きしめられた記憶をなくして目を醒ました。
誰かにずっと…手を握ってもらっていたような感覚が残っていて、友梨は右手で左手を握る。
空気中にほんの少し……グリーン系の香り。
友梨は、その香りが心地良くて、くん…と息を吸い込んだ。
爽やかなグリーンシトラスは、まだ春の浅い香り。
病室の扉の裏には、和音の姿があった。
友梨が寝返りを始めたので、彼女が起きる前に部屋を出ていたのだ。
和音は廊下に芳情院の姿を認めると、軽く会釈をして、その場を後にした。
芳情院はそんな和音に対し、ある種の敗北感を認めつつも、今現在友梨に求められているのは自分だという偽りの絆だけで、ギリギリのプライドを保っていた。
部屋に入ると、ベッドの上で、友梨が不思議そうな顔をして自分の手を眺めていた。
「友梨…起きたのか」
「お兄様…!」
友梨は芳情院を見ると、嬉しそうに微笑んだ。