定義はいらない
狭い部屋に置いてある私の狭いシングルベッド。

体格のいい太朗先生が寝てしまうと

私はどうしても彼の肩の下に収まらないわけにはいかない。


「私、古典が好きで。」

「意外だね。」

「何かお勧めの本ありますか?」

「そうだな。」

「もしくは、先生にとっての人生の1冊とか。」

「人生の1冊ね。」


目をつむって考える。

まさか、このまま寝てしまうのではないかとちょっと焦る。

時計は2時を指しているし

家に奥さんはいないのだろうか。

私は明日仕事だけど

そんなことは今はどうでもいい。


「今は人生の1冊は思い浮かばないけど、川端康成は面白いと思ったよ。」

「『雪国』ですか。」

「そう。」

「『トンネルを抜けると~』ですね。」

「あれね、本当は『濡れた髪に触った』からの始まりだったらしいよ。」

「へぇ。」

「『濡れた髪に触った』って文面が当時止められて変えたらしいよ。」

「そうなんですか。問題になる文章かな。」

「なるだろう。」


太朗先生が私の髪を触る。

「『濡れた髪に触った』ってエロいよな。」


そう言って、また私を抱いた。
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