シャクジの森で 〜月夜の誓い〜【完】
扉を開けてすぐに目に入ったのは、パトリックと医官が床に膝をついている姿。

それはまるで、何か床にあるものを覗き込んでいるようにみえる。

何を見ているのか、二人の背中に隠れてしまって見えない。

広い背中の間から覗き込むようにして見ると、エミリーがパトリックの腕の中でぐったりと項垂れているのが見えた。


「エミリー様!?どうかなさったんですか?」

言いながら傍に駆け寄って行くと、小さく弱々しい声が返ってきた。

「メイ・・・お疲れ様・・・ごめんなさい、片付けの・・・お手伝い・・・できなくて」

途切れ途切れに言葉を紡ぎ、苦しそうに肩で息をしている。

「エミリー、もう喋るな。フランクどうなんだ・・・」

パトリックが聞いたこともないような声を出している。

フランクは、ぐったりとした力のない腕を取って脈を測った後、額と首元の触診をした。


「うむ・・・おそらく貧血だろうが・・・疲労もある。栄養を取って休めばすぐに元気になるだろう。ベッドで寝かせてやるといいが、あいにく今は、負傷者でいっぱいだ」

フランクは眼鏡の奥に疲れた色を宿しながら治療室の中を見やった。


「とりあえず、そこのソファに寝かせよう」

パトリックはエミリーを抱えたまま立ちあがると、医務室のソファにそっと下ろして上着をかけなおした。



「・・・私、アラン様を呼んできます」

急いで執務室に向かおうと駆けだしたメイの目の前で、何故か扉は勝手に動き、それを掴もうとしていた手は宙に舞った。


「ジェフ・・・」


廊下にはジェフが立っていた。

青ざめているメイを見て驚いたような顔をしている。


「ジェフ・・・ジェフ、エミリー様が・・・」

ジェフの姿を見た途端、堪えていた気持ちが一気に噴き出した。

頬を伝う涙を隠すように両手で覆い、その場から動くことができなくなった。

「メイ、どうした?」

肩に置かれたジェフの手の暖かさにこのまま甘えたくなる。

でも今は・・・しっかりしなくちゃいけない。

メイは溢れる涙を拭いて、ジェフを見上げた。

「中でエミリー様が・・・『ジェフ、何かあったのか?」

言いかけた言葉に重なる様に、いつものような威厳のある声が廊下に響いている。

その声に、メイは慌ててジェフから離れると、居住まいを正して頭を下げた。

急に消えたメイの肩の感触に、掌を名残惜しげに握りながら、ジェフは腕を下ろした。

そして恐縮して声を出せないでいるメイに変わり、アランに伝えた。

「アラン様、エミリー様に何かあったようです」

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