シャクジの森で 〜月夜の誓い〜【完】
ジェフの言葉に医務室の中に飛び込むように入ると、ソファの傍で跪くパトリックとその脇で佇むフランクの姿が目に入った。

ソファの上には血の気のない頬のエミリーがぐったりと身体を横たえていた。

「パトリック、これはどうしたことだ?―――フランク?」

近寄ってきたアランに、場所を譲る様に立ち上がるパトリック。


「すまない、もう少し早く異変に気付けば良かったんだが・・・」

あの時、異常に冷えていた身体。気丈に振る舞っていたが身体は悲鳴をあげていたに違いない。

自分の勝手な感情を抑えるのに気を取られていたことが非常に悔やまれる。

冷えた身体に上着をかけた後、目の前でふわりと倒れていく身体を衝撃から守るのが精いっぱいだった。

倒れていく身体を支える時、棚で打った腕がズキズキと痛む。

「パトリック様、失礼いたします」

医官がパトリックの腕の手当を始めた。


「軽い貧血の上、少々疲労もしておりますが大事には至りません。それよりも王子様の腕のお怪我の方が大変でございます」

フランクはアランの二の腕に負った傷を診ようと、手を伸ばしてきた。

右腕に簡単に巻かれた包帯からは血がじっとりと滲み出ている。

「私は後で良い」

伸びて来たフランクの手を制し、ソファの脇に跪くと透けるように白い頬にそっと触れた。

すると閉じれられていた瞼が震え、アメジストの瞳が覗くと柔らかな微笑みを作った。

「アラン様ご無事だったんですね・・・良かった・・・わたし、こんな・・・」

弱々しい声で紡ぎだされる言葉を遮る様に、人差し指をふっくらとした唇に当てた。

「もう何も言うな。元気になったらゆっくり聞く。ジェフ―――・・・・?!」

頬から手を離して立ち上がろうとすると、何かに引っ張られるような感触に阻まれた。

視線を落とすと、か細い指が服の端を掴んでいる。

それは弱々しい力だが、動きを止めるには十分すぎる威力を持っていた。

「ジェフ、皆に食事を取って休憩するように伝えよ。それから料理長に命じて消化の良い温かい食べ物を部屋に届けさせよ。メイ、食事はもう少し後で良いか?エミリーを部屋に運ぶ」

自分の服を掴んでいる指を解きほぐし、抱き起こすとパトリックの上着をしっかり羽織らせて横抱きにした。

「パトリック、食事を済ませたら報告書を纏めてくれ。私もすぐに戻る―――この上着は、借りていく」

「あぁ、了解した」

医官に痛めた腕を預けている姿に、アランは労うような瞳を向けた。

「留守中大変だったな・・・いろいろ世話をかけた」



アランが歩いて行く後をメイが小走りについて行く。

その後ろ姿を見送ると、フランクはずっと疑問に思っていたことをパトリックに尋ねた。

「彼女は何者ですか?」
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